OMEGAWAVE,INC.

1.レーザー組織血流計と光ファイバープローブによる測定深度の基礎原理

レーザー血流計の原理についてはいくつかの論文で述べられていますので、その概略を図1に沿って説明いたします。半導体レーザーから出力されたレーザー光はプローブ中の
光ファイバーを通じて組織に照射されます。可視から近赤外光領域では皮膚は強い散乱体ですので、照射されたレーザー光は組織内で散乱します。
図1

この散乱光の一部を照射用ファイバーとは別のファイバーで受光すると、その光の中には静止組織によって散乱された周波数変調されていない光と、流れている赤血球
に当たって周波数変調された光が含まれています。。変調周波数は赤血球流速に比例し、変調された光の量は赤血球量に依存しますので、これらの演算処理から組織血流量
を算出することができます。一般的な測定では照射用ファイバーと受光用ファイバーの間隔は0.3?1mm程度であり、これ以上間隔が広いと光路長の増加にともなう赤血球による
多重散乱効果の影響が大きくなり、同一の演算処理方法では血流値出力の直線性が低下してしまいます。

レーザー照射用ファイバーと受光用ファイバーの間隔と測定深度の関係についてはいくつか報告されておりますが、組織の散乱係数、吸収係数などの光学特性が検出体積内で
一様な場合でも、ファイバー間隔と受光量からだけで測定深度を決めることは容易ではありません。実際の皮膚の場合には表皮と真皮の光学特性は異なるため、レーザー血流計
で血流を測定しながらその詳細な測定深度を求めることは困難になります。したがって、ここでは単純なモデルにおけるファイバー間隔と測定深度の関係についてご説明いたします。

図2


図2
のように、照射用と受光用の光ファイバー1本ずつでその間隔がsのときに、受光中における組織からの相対強度分布を考える。条件としては検出体積内の組織が強い散乱体
であり、その光学特性が一様であるとします。照射用のファイバー先端から組織内部にレーザー光が拡散して行き、距離Liの点からの信号がさらにLo進んで受光された場合の
レーザー光強度Iは、



で表わすことができます。ここでγは組織の減衰係数で組織の散乱係数、吸収係数の関数であり、Ioは入射光強度になります。
ここで全受光量に対する割合(累積確率)が95%になる距離をLmaxとし、そのときのz軸方向の最大値を測定深度dmaxとすると、



として表わされ、γが決まれば dmaxを求めることができます。ファイバー間隔sが広くなれば、深さ方向zが大きくなっても相対的なLの値はあまり変わらなくなるので、全受光信号に
占める深い場所からの信号光の割合が相対的に多くなります。
研究者らはランダムウォークの解析法から、測定深度はほぼファイバー間隔の2/3乗に比例することを報告しており、著者らも光学特性が皮膚と同等のプラスチックシートを用いた
モデル実験において、測定深度はファイバー間隔にほぼ比例することを示しました。これらの報告から、絶対的な測定深度は推測が困難で有ったとしても、ファイバー間隔と測定深度
はほぼ比例すると考えられます。
皮膚表面から0.1〜0.4mm程度下までは表皮であり、そこには血管は存在していません。表皮の下層近くから毛細血管網が存在しており、さらに表面から1mm程度下から細動静脈と
AVAが存在しています。したがって、ごく表面からの血流信号光が全体の信号光のほとんどを占めるようなファイバー間隔の狭いプローブと、1mmよりも深い信号も多く含まれるような
ファイバー間隔の広いプローブの両方を用いれば、毛細血管床のみの血流と、毛細血管血流およびAVAを含む細動静脈床までの血流の2種類を測定することが可能に成ります
2.深い部分の血流の分離観測法
上記の考えに基づいて、研究者らは毛細血管床とAVAを含む血管床の調節機能が異なることを示しました。しかし、ファイバー間隔が狭ければレーザー血流計の血流信号出力は表面
から浅い部分の血流信号だけであるのに対し、ファイバー間隔を広くした場合には深い部分の血流だけではなく、浅い部分の血流も出力信号中に反映されています。したがって、ファイバー
間隔が広いプローブで測定しても、そのままでは深い部分の血流だけを測定していることにはなりません。そこで、ファイバー間隔が異なるプローブを用いて測定された2種類の血流信号
から、深い部分の血流のみを求める方法について考えます。

図3
図3において、各々のファイバー間隔をs1,s2とし、これらのファイバープローブを用いてレーザー血流計で測定された血流値(組織血流量)をそれぞれF1,F2とする。ここでs1<s2である。
ファイバー間隔がs1のプローブで測定したときの深度をd1maxとしたときに、ファイバー間隔がs2のプローブで測定した全血流信号中に占める
d1maxまでの深さの血流信号の割合Rに
ついて求めます。ファイバー間隔がs2でd1maxまで測定した場合の光路長をL1maxとすると、Rはで表わされます。F2にはd1maxまでの血流信号がRの割合で含まれておりますので、
それより深い部分の血流信号が(1?R)だけ含まれているので、F2=k[RラBa+(1-R)ラBb](5)として表わすことができます。
ここでBaは皮膚表面から浅い部分の実際の組織血流量であり、Bbは深い部分の実際の組織血流量になります。kは測定システムに依存する係数になります。Baの値はs1のファイバー
間隔のプローブによって測定されているので、


             
(6)と表わすことができます。したがって、深い部分の組織血流Bbは、

(7)で求めることができます。ファイバー間隔s1,s2を最適な値に設定することで、Baは毛細血管床の血流と考え、Bbは細動静脈とAVAが存在する血管床の血流と考えることができます。
AVAが存在しない場合細動脈の血流はすべて毛細血管に流れ込みますので、BaとBbの血流変動は同じになりますが、AVAが存在するとBaとBbの血流動態が人体の状態によって異
なります。
従って、BaとBbの血流動態を比較解析することでAVAの血流変化を調べることができます。
3.実験方法
実験では、測定する場所が同じになるように、照射用光ファイバー1本と受光用光ファイバー2本が入っている1つのプローブを用いた。プローブ先端での照射用光ファイバーと受光用光
ファイバーの間隔はそれぞれ0.3mmと0.7mmである。このプローブを左手の人差し指の指先に装着し、組織血流をレーザー血流計(FLO?C1,オメガウェーブ)で測定しました。著者
らのモデル実験から、ファイバー間隔0.3mmでは表面から0.6mm程度まで下の血流が測定され、0.7mm間隔のものでは1.4mm程度下までの血流が測定されていると考えられます。
本実験では血流量を変化させるために条件を以下としました。、

1) 室温を23ア2℃に保ちながら、手を約40℃の湯に約3分間入れて局所の温度を上昇させた。(局所加温により毛細血管血流が増加する。)
2) 手を約25℃の水に入れて、室温を約25℃から30℃まで4分間で上昇させた。(全身加温によりAVA血流が増加する。)
以上の血流測定を、測定点を1mm程度移動させて30分以上の時間をおいて3回行いました。   (7)式のBbを求めるために専用の器械を作成してレーザー血流計に接続し、それぞれ
の出力をレコーダーで記録した。この器械ではRの値を任意に設定できるようにしてありますので。本実験では著者らのモデル実験結果より、R=0.7に設定しました。21)。
4.結果
代表的な実験結果を
図4、図5に示す。図4は局所(指)の温度を上昇させた場合で、図5は室温を上昇させた場合になります。比較しやすいように、算出した深い部分からの血流値
Bbを0.5倍して記録しました。

図4
図5
図4より、局所を加温すると0.3mm間隔のファイバーで測定した血流値F1と0.7mm間隔のファイバーで測定した血流値F2の両方ともに増加し、同じような変化に見られます。
しかし、算出した血流値Bbの増加率はF1より小さいことがわかりました。F1が毛細血管血流を反映し、F2が毛細血管血流と細動静脈及びAVAの血流を反映していると考えると、
毛細血管とそれに血流を供給する細動静脈の血流の増加量に比べてAVA血流の増加量が少ないことを示していると考えられます。
これとは反対に、図5より、室温を上昇させたときにはF1の増加率よりもF2の増加率が高くなり、BbもF2と同様に増加しています。正確にはBbの増加率はF2の増加率よりも5%
程度高いので、この血流増加分はAVA血流の増加によるものと考えられました。さらにP1,P2の時点ではF2とBbの血流の大きな変動が見られます。F1の血流にも変動が見られ
ますが、F2,Bbの変動に比べると非常に小さいので、この大きな変動はAVAの開閉に伴う血流変化であると考えられます。
測定は人差し指先端で場所を変えて3回行いましたが、血流変化の傾向は図4、図5と同様の傾向を示した。しかし血流値自体は30%程度異なってました。
5.考察と結論 
体温調節に関わっている皮膚AVA血流の動態を調べることは、生理学的な研究だけでなく、生活環境評価のための一つの指標となる可能性があると言えます。
本研究では、AVA血流測定を目的として、皮膚表面から浅い部分の毛細血管床血流と、やや深い部分の細動静脈床血流を分離して観測するための基礎的な理論的考察と実験を
行いました。その結果、毛細血管床血流と細動静脈床血流の動態が加温条件によって異なることが実時間で確認できました。これらはAVA血流変動が原因であると考えられます。
指局所の加温では毛細血管床の血流増加率に比べて(7)式で求められる動静脈血管床の血流増加率は少なかった。しかし、からだ全体の加温では毛細血管床の血流も増加して
いますが、動静脈血管床の血流増加がそれよりも多くなりました。この理由は、核心温の変化が体温調節中枢を介してAVA血流増減に大きく影響を及ぼすためと考えられます。
2つのファイバー間隔が異なるプローブを用いて血流測定を行い、その記録波形だけを観察するだけでは血流変動の違いがよく分からない場合が多く、例えば図4のF1とF2だけ
の記録波形を測定中に観察していただけでは、両者の変動は同じであるように思われます。しかし、(7)式で求められる血流波形を同時に記録することによって、測定しながら
毛細血管床血流と細動静脈床血流の増加率の違い等を調べることができますので、生理機能検査や環境評価実験などに有用であると考えられました。
本実験では2つのファイバー間隔の異なるプローブの測定深度比率Rをモデル実験の結果から0.7としましたが、皮膚血流を測定したときにそれぞれの受光ファイバーで得られた
受光量より(1)?(4)式を用いてγを求めてRを推定すると約0.8となり、ほぼ同様の値が得られました。これらの式は単純な光拡散仮定を用いていますが、測定深度の推定が本方法
の最重要点でありますので、さらなる理論的解析とモデル実験が必要であると考えられました。
空間的な分解能が高いことはレーザー血流計の特徴の一つでありますが、プローブの装着位置によって検出体積内のAVA量が異なるために血流値自体、またはその変動状態が
大きく異なる場合があります。この点に関しては、複数の受光ファイバーを用いて測定体積を増やすことである程度解決できると考えられます。SalerudとNilssonは7本の受光
ファイバーを用いて近接する7点の平均血流量を求め、測定点間のばらつきが減少することを報告されています。しかし、再現性や測定点間の違いについては重要な課題であるので、
今後色々な条件を設定して調べる予定です。
本研究と同様な目的のために、散乱光スペクトルを多重回帰分析することで流速が異なる血流の分離観測の可能性を示している内容の研究も有ります。遅い血流が毛細血管血流を
反映し、速い血流が細動脈とAVA血流を反映しているとすると、それぞれの受光量の変化率からAVA血流の増減を調べることができます。本研究で示した測定方法と同時に用いる
ことで、ファイバー間隔が狭いプローブで測定した血流はすべて遅い流速成分のみ(検出体積内に細動静脈やAVAを含んでいない)であること等の確認ができますので、より確かな
血流分離観測とAVA血流の把握が可能になると考えられます。
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